大切なおじさんの呪い
これを見ている方は不眠症になった事があるだろうか
わたしはない
いや、正確に言うとなかった、だ
かつてのわたしは自分はそこそこに心が強く、例え何かが起きて眠れない日があろうともそれが続く事など自分には有り得ないと思っていた
今日は生まれてから2〇年どこでもすぐに寝れたわたしが生まれて初めて何日も眠れなくなり、睡眠補助剤を買う羽目になった現在進行形の地獄の話をしたい
最初の地獄は2020年4月中旬、緊急事態宣言による引きこもり生活真っ只中の時だ
始まりは唐突だった
夢の中でわたしの命より大切な中東系の知らんおっさんが死んだ
何を言ってるかわからないと思う
わたしにも分からないからだ
砂吹雪舞うどこかの国の戦場真っ只中、兵士のわたし(しかも男)にとって命よりも大切な親友である外人のおっさんが敵に撃たれ、わたしは血塗れの彼を抱えて泣きながら衛生兵を呼んでいる
わたしもそこそこの怪我をしているのだが、「わたしはいい!彼を!彼を早く助けてくれ!!」と叫び散らしている
しかし誰が見ても、彼にもう助かる術はないのだ
そんな事自分自身とっくに気づいている、でも心がそれを拒否する、冷たくなる彼の体を両腕に感じていながらそれでも尚、衛生兵を求め叫び続ける
彼がいなくなったら生きる意味がない
彼のいない世界に価値なんてない
いやそんな利己的な事よりも、何よりも、わたしは世界中の誰よりも彼に幸せになって欲しかったんだ
そう思えるただ1人の存在だった
その為ならなんでもするつもりだった
いつか来る最期の日まで、彼の笑顔が絶え間なくありますように、耐え難い痛みもどうしようもない悲しみも、あらゆる絶望がどうか彼にだけは立ちはだかりませんように、その為に自分は犠牲になってもいいから、どうなってもいいから、だってその為に生きていると思えたんだ、それだけが願いだったんだ、これからだったんだ、この徴兵さえこなして国へ帰って、そこからまた彼のそばで人生をやり直すつもりだったんだ、幸せを見届ける予定だったんだ、それが人生の意味だったんだ、だから彼だけは、どうか、どうか、自分はどうなってもいいから、彼だけは助かって……
誰?
どうしていきなりこんな壮大な夢を見たのかまったくわからない
寝る直前は性行為がメインテーマのハートフルコメディな学園系海外ドラマしか見てなかったので、セックスもハートフルもコメディもかすりもしないこの夢がその影響を受けたとは考えにくい
そして何よりも、わたしは誰かに対するここまでの想いを人生で1度も抱いた事はなかった
自分の中にこんなにも大きく愛に満ちた感情があった事に驚きだ
何があってこんなインドカレーのパッケージみたいなおっさんに対し猛烈な愛を抱いていたのか甚だ謎ではあるが、とにかく目を覚ますと枕には涙で出来たシミが拡がっており、心に芽吹いた絶望と悲壮感はその後もしばらく胸の中で燻り続ける事となった
そしてその夢はその日だけでは終わらなかった
次の日も、その2日後も同じ夢を見て泣いて目覚めたのだ
まったく同じシチュエーションで、心なしか大切なおじさんの眉や髭が徐々に伸びており初日より顔が濃くなっていっているのがまた恐ろしい
わたしはというと衛生兵に泣きながらすがり付いて土下座をし、お願いだから助けてくれ、なんでもするから…と懇願するところまで行っている
何…?
何かの暗示なのか…?
予知…?
呪い……?
……呪いだ
呪いだろこんなの、知らん内に中東系のおっさんを無碍に扱ったりしてしまったのかもしれないし、中東系のおっさんの逆鱗に触れる何かがわたしの言動の中に潜んでいたのかもしれない、そうでもないと説明がつかない
一応精神病の予兆も疑い、精神保健福祉士の資格を持つ姉に相談を持ちかけたりもした
匙を投げるまでが秒
最終的に話を聞いてアドバイスもくれたが解決には至らなかった
とにかく、わたしが寝ると自分の命より大切な中東系の知らんおっさんが死ぬのだ
そしてその度にわたしはかつてない悲哀に打ちひしがれて世界に絶望するのだ
どうしてこんな事になったんだ
夢の事を忘れて過ごしている日中でも、胸のどこかで燻っている愁傷は消えることはない
大切な人を亡くしたという喪失感が常にそこはかとなく付きまとう
ついには眠りにつくのが怖くなり、目を瞑っても寝付けない日々が続いたので、ブチ切れながら半目で薬局に行って睡眠補助剤ドリ〇ルを生まれて初めて購入する羽目になる
ドリ〇ルは効果てきめんで、レム催眠を通り越して深い眠りにすぐ誘われるので夢自体を見ることはなくなった
そして使用して数日経つと薬なしでも眠れるようになり、その頃には悲しみも薄らいであの夢は見なくなっていた
本当に救世主のような薬である
パッケージに描かれている目ギンギンの猫のイラストを馬鹿にしたことを反省したい
普通の楽しい夢が見れるようになったわたしは、普段通り夢の中でおジャ魔女どれみの一員になったり超能力を手にし人々の賞賛を集めたりなどして楽しく生きれるようになった
それでも時々、酒をしこたま飲んで寝ると大切な知らんおじさんが腕の中で死んでいく夢を見て泣きながら目を覚ます事があったが、この頃になると負の感情は一時的に沸いてはすぐ消えるので気にしないようになっていた
時は流れ、1年近くが経った2021年2月上旬のある日
酒を飲んでもいないのに泣きながら起きた
夢の内容は覚えていないが、この絶望感と喪失感は確実に「大切なおじさん」である
また奴が現れたのだ
またわたしの腕の中で死んだのだ
そしてこの日の愁傷はいつものように霧散せず、夜になってもわたしの心に居座った
1日が終わり布団に入っても胸の奥の深い悲しみは消えない
また、1年越しに不眠の日々が始まったのである
また、薬局で目バチギマリ猫のパッケージを探す羽目になったのである
こいつも中東系の大切な知らんおじさんを失ったのだろう
そんな顔をしている
一体わたしが何をしたと言うのだろうか
昔から戦争映画を好んでよく観るのでそれが影響した可能性もあるが、どうしていきなりその呪いにかかってしまったのかは未だに分かっていない
ちなみにその日寝る前に観た映画は、狂った全裸の老婆が夜中に四つん這いで家中を駆け回るホラーなのかスリラーなのか分からないジャンルの物で、まったく関連性もなく再発の原因も謎のままだ
せめて狂った全裸のババアが出てきてくれよと尋常じゃない思考でないと出てこない願いが過ぎったりもした
非科学的なものをあまり信じていなかったのだが、あまりにも怖いのでスピリチュアル夢診断のできるサイトで調べてみると
「大切な人が死んで泣く夢はその相手との関係の向上を示唆しています」とあった
一体誰との関係が向上するというのだろうか
今またドリ〇ルのお陰で眠れているが、どうせまたいつかこの夢を見て眠れなくなる日が来るのだろう
今普通によく眠れている人達も気をつけて欲しい、中東系の大切なおっさんの呪いはどこにトリガーがあるのかわからないのだ
そして何か解決法を知っている人がいたらお願いだから連絡して欲しい
その為なら泣きながら土下座し足にすがり付いて懇願する事もやぶさかではない
夢の中で衛生兵に対して何度もやっているので、恐らくフォームは完璧である
助けてください
余談だが、3日前急に高校時代の友人から何度もお前の怖い夢を見て泣いて起きたと連絡があった
数年ぶりの連絡にしてはパンチが効き過ぎている
やっ優しっ……
わたしも誰かにとって中東系の知らんおじさんになる番が来たのかもしれない
次に泣きながら起きるのはあなたかもしれない